70年のあゆみ SHINKO NAME PLATE HISTORY

  • Intro
  • year1947
  • year1967
  • year1995
  • year1997
  • year2002
  • year2007
  • year2017

きっかけは、
好奇心からだった。

今からおよそ70年前。
戦後の日本に、海外の文化が流入しはじめていた頃、
ファッションに興味のあるひとりの青年が、
デパートで帽子の販売を行っていました。

「舶来品の帽子は高級で、庶民にはなかなか手が出せない」
そう思った青年は、安価な帽子を自分でつくるために
プレス技術を学びはじめました。

当時は、木型に生地を被せて蒸気を当て、
砂袋で圧力を加えながら成型するというのが、
帽子づくりの基本的な技術。
「このプレス技術を、帽子づくり以外に活かせないだろうか」
そんな想いを胸に青年は、妻の実家が経営する
「大家ネームプレート」で、モノづくりや営業に没頭していました。

1947年新光ネームプレート、誕生

戦後の復興と経済発展が急速に進むと、
建設工事に必要な重機の製造が勢いを増し、
重機に取り付ける金属銘板の需要が拡大。

「これだ!」
青年は、帽子のプレス技術を応用し、
金属銘板を製造する「新光ネームプレート製作所」を創業。
創業者の秋山重夫が30歳のときでした。

1967年逆境を逆手に、
新しい領域への挑戦。

創業から20年。
プレス技術を中心とした、ダイキャストやアルマイトなどの金属加工により、
電卓パネル、自動車エンブレム、ホイールキャップなど、製造の幅を広げ事業を拡大。
同時期、金属加工で発生する汚染水が社会問題に。

汚染水問題のない新光ネームプレートにまで、
高価な浄化設備の導入が義務付けられるなど、業界は逆風にさらされていました。

金属加工に対する風当たりが年々強くなることを予期し、
「それならば、プラスチックで金属の質感や重量感を再現してみよう!」
二代目社長 秋山勝彦はそう考えたのです。
当時の主要メンバーでもあった現在の代表取締役専務 小野澤とともに、
新しい技術領域の研究研究をはじめました。

1995年金属にできて、
樹脂にできないわけがない。

これまで、さまざまな金属を加工に挑戦してきた新光ネームプレートも、
プラスチック加工ははじめての試み。
「金属にできて、樹脂にできないわけがない。
金属加工で培った技術を樹脂成形に応用できれば、
成形の可能性は限りなく広がるはずだ」
諦めない強い信念を胸に、未知なる領域への挑戦は続きました。

研究は、挑戦、失敗、そして改善の繰り返し。
他社メーカーと協業することで新しい発想を取り入れ、
失敗しても臆することなく最新設備を導入。
研究開発の手を緩めることはありませんでした。

「よし、完璧だ」
シート状に多面付けされたプラスチックを、
レーザーカット機を用いて非接触で外形カットするという、
新しい成形技術が、試行錯誤の末誕生したのです。
1995年のことでした。

1997年1グラムでも軽く、
0.1ミリでも薄く。

樹脂成形技術が確立されていくなか、
1997年、相模原市にテクニカルセンターを建設。
ICチップ内蔵プラスチックカードなどの研究開発によって、
超薄肉樹脂成形を追求し、さらに磨きをかけていました。

ちょうどその頃、あるメーカーから
携帯電話につけるエンブレムの相談が持ちかけられました。
「『i mode』という新しいサービスが利用できる携帯電話の、
表面全体をプラスチックパネルで飾りたいのです。
そして、1グラムでも軽く、0.1ミリでも薄くしたいのです」と。

樹脂を薄く加工するノウハウがあった小野澤には、解決策が見えていました。
「わかりました、必ず実現してみせます」。
小野澤の答えは明確でした。

そして、鮮やかに輝くパネルで全面を飾った
「i mode」の第一号機が誕生したのです。

1947年時代のひとつ先を見据えて、
挑戦する。

2002年に、デジタルカメラの全盛期に先駆けて、
エンブレムやパーツなどの生産を開始。
並行して、自動車のキーレスエントリーの普及を見越し、営業活動を強化。
マーケットを先読みすることで、主要メーカーのEMBLEMを受注し量産化したのです。

さらにその翌年には、ある自動車メーカーが取り組んでいる
「衝突安全装置用エンブレム」の研究に参加。
金属でありながらも、ミリ波レーダー照射の影響を及ぼすことのない
「ミリ波透過エンブレム」の開発がスタートしたのです。

2007年エンブレムは
「人々の安全を守る目」に。

2007年、三代目社長に秋山直樹が就任。
ミリ波透過技術にさらに磨きをかけ、
エンブレムは「人々の安全を守る目」へと進化。

新光ネームプレートは、この「ミリ波透過エンブレム」を軸に、
日本のメーカーだけではなく、海外メーカーにまで受注を伸ばし、
タイ・バンコクをはじめ世界各国に事業を展開。

2017年その技術は、さらに先へ。

技術の追求は、止まることを知りません。
これまでに培ってきた「諦めない強い信念」を胸に、
一歩先の時代を見据え、
新光ネームプレートの新たな挑戦は今日も続きます。

誇りに、魂を込める。
2017年、新光ネームプレート株式会社は
創業70周年を迎えました。

ものづくりへの想い Philosophy

時代を読み、一歩先にあるニーズに応える。 代表取締役専務 小野澤 哲也

普及を見越し、生産に着手しておく。

新光ネームプレート株式会社がここまで成長できたのは、時代やマーケットを先読みして、製品をつくってきたからです。ポケベルやPCが全盛期のときには、すでに携帯電話のエンブレムを開発し、デジカメや自動車のリモコンキーも、普及を見越して生産に着手。製品のリサーチやお客さまへのヒアリングを徹底的に行い、時代の一歩先にあるニーズに応えてきました。

今ある技術を応用して、次の技術に進化させる。

お客さまのご要望に応えるだけでは、技術面でライバル会社に追いつかれます。だから私たちは、今ある技術を応用し、次の技術に進化させることで他社との差別化を行ってきました。はじまりは、金属加工の技術を樹脂成形に応用したこと。より軽く、より薄く加工できるようになった成形技術は、無線通過する表面処理を可能にし、そして「ミリ波透過」の技術に進化しました。新光ネームプレートにしかつくることができない技術を次々に生みだすことによって、新しいビジネスの可能性を広げてきたのです。

「もうダメだ」と思った先に、成功がある。 技術部 部長 松下 和夫

臆することなく、新しい発想を取り入れる。

技術的な転機は、従来のプレス加工をレーザーカットに切り替えたことです。キッカケは「もっと効率的にカットできないか」という改善への意識。しかし、設備を導入しても何を切っていいのか、何を切ったらダメなのか、そんなことすらわからない状態からのスタートでした。他社メーカーと協業することで新しい発想を取り入れ、失敗しても臆することなく積極的に最新設備を導入するなど、研究開発の手を緩めませんでした。試行錯誤の末、シート状に多面付けされたプラスチックを、レーザーカット機を用いて非接触で外形カットする、という他にはない成形技術が誕生したのです。

数ある失敗のなかから、成功のヒントを探した。

世の中にまだ存在しない技術を生みだすまでに、数多くの失敗を繰り返してきました。100個つくって、成功したのがわずか5個だとしても、その5個がなぜ成功したのかを追求し続ければ、安定して同じものをつくることができる。「もうダメだ」と思っても改善を繰り返し挑戦してきたからこそ、さまざまな技術が生まれ、現在の「ミリ波透過エンブレム」という、最先端技術につながりました。私たちの技術力は、まさに挑戦と失敗の繰り返しで培われてきたと言っても過言ではありません。

できるできないではない、やるしかない。 営業部 本部長 吉田 光夫

営業と技術者、二人三脚でモノづくりをする。

お客さまは常に、時代の先にあるマーケットを開拓しようとしています。そのご要望にあわせて、新しいものをつくるわけですから、できる・できないではなくて、やるしかない。だから、私たち営業も技術者と一緒になって試行錯誤し、製品が完成するまで二人三脚でモノづくりをしてきました。お客さまの期待を超える新しいものを目指すことが、次の仕事につながってきたのだと思います。

自分の直感を信じて、全メーカーに足を運ぶ。

専務の小野澤から自動車分野の仕事を引き継いだ私は、ある営業戦略を実行してみようと、考えていました。今でこそ標準装備されているキーレスエントリーですが、その当時はオプション品。鍵穴にキーを挿さずにロックの開錠、施錠ができることから、「これは間違いなくヒットする」と直感的に思ったのです。それからは、顧客リストを片っ端から営業活動を行い、電波透過性を生かした蒸着仕様のEMBLEM等の提案を行った結果、今では国内外各社の自動車メーカーのスマートキー関係にまつわる部品の受注につながり製造するまでになったのです。

今後のビジョン Vision

ものづくりを通して、未来をつくる。安心・安全な未来をつくる企業へ。 代表取締役 秋山 直樹

歴史ある会社を背負っていく重圧。

2007年に先代の父から社長を引き継ぎ今年で10年目。祖父の代から続く歴史ある会社を背負っていくことに、実は相当なプレッシャーを感じていました。三代目としての責任感や、めまぐるしく変わる社会環境など、たくさんのことを考え過ぎて、なかなか前に進めない日々。しかし、営業時代の仲間やたくさんの従業員に支えられ、社長として経験を積み、現在は自動車エンブレムの製造を軸に、アジア各国、アメリカにも事業展開するまでに成長することができたのです。

他の部品がなくなっても、エンブレムはなくならない。

自動運転化、エンジンを積まない自動車化が進み、他の自動車部品が不要になってくるなかでも、「エンブレム」は企業のシンボルとして残り続けると思います。お客様である自動車メーカーの「誇り」を象徴するエンブレムであるからこそ、仕上がりにはとことんこだわらなくてはならないのです。また、「世の中にないものをつくりたい」という想いから、私たちを頼ってくれているお客様の高い要求を常にクリアし、技術を磨いてきたからこそ、「ミリ波透過エンブレム」などの他社には実現できない製品をたくさん生み出す事が出来てきました。

100年企業を目指し、モノづくりで社会に貢献していく。

新光ネームプレート株式会社は、2017年で創業70周年を迎えることができました。めまぐるしく変化するモノづくりの市場で、ここまで歴史を積み重ねることができたのも、当社製品をご愛顧いただいているお客さまをはじめ、社員、関係者のみなさまの絶大なご支援の賜物と、心より感謝しております。70年を記念すべき通過点として、80年、90年、そして100年以上続く企業にするため、もっともっと技術を追求し、私たちのモノづくりで社会に貢献できるよう、そして弊社に携わる方々が豊かになるよう、会社一丸となって前へ進んでまいります。